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人生を幸せにするのは、学歴が全てではない。[寄稿]

yota

こんにちはyota(@yota_28351))です!

今回は、50代の女性から寄稿頂きました!学歴について深く考えさせられる記事なので、「学歴」の必要性に疑問を抱いている人にぜひ読んでもらいたいです。

学歴が無くても、自分の生き方があればいい。

人生というものは、思っているよりも短いです。有名大学を出て、恋人を作って青春を謳歌し、スポーツもしっかりやり、それから好きな趣味活動に没頭し、なんていう事は出来ないのです。

もしも何か、本当にやりたいことがあったなら、他は全部捨ててかからないとそれなりの成果は出せません。

たとえば最近話題になっている将棋の藤井四段はどうでしょうか。

恐ろしいほどたくさんの手を記憶しているのに、芸能人の名前は二人しか知らないという事を聞きました。

マイケル・ジャクソンも学校に行っていなかったそうですし、小説家なんかでも学歴のない人はたくさんいます。

そういえば日本で納税額が1番だという斉藤ひとりさんは、中学しか出ていないと聞きます。中学もほとんど行っていなかったと本人が言っていました。

特に社長業の人は、学歴が無い人は掃いて捨てるほどいるそうです。

私の場合は、そういう生き方があるという事を知りませんでした。父親は早くに病気で亡くなっており、一家を支えていた母親は働きづめで子供はほったらかしでした。

そういう環境の中で、とりあえず義務教育で学校へ行ったわけです。学校というのは、学歴を信奉する教師が仕切っているわけですから、当然勉強を第一と勧めるわけです。

なので私は何の疑いもなく、勉強をしなければと思いました。

ですがほったらかしの家の子供と、教育熱心な家庭教師なんかをつけている家の子供では、最初から勝負にはなりませんでした。

その当然すぎる結果に、子供ですから自分が悪いと思ってしまうわけです。いつも劣等感がありました。頑張るわけです。

でもなかなか追いつきませんでした。

そういう環境の中で、勉強が出来る子は自分とは違うなと思いました。他の価値観が無かったので、働かなければならない環境でも定時制高校という所に行き勉強は続けました。

お金を貯めて、今度は昼間の短大に入り卒業しました。その頃から、ようやく学歴という呪縛から解き放たれたような気がします。劣等感もなくなりました。

誰とでも真正面から胸をはって受け答えができるようになりました。ここまでの年月、もしもそれ以外の生き方もあるという事を知っていたのなら、その期間何かに情熱を傾けていたなら、もしかしたら何者かになったかもしれません。

今の自分は劣等感はありませんが、どこにでもいる普通の人です。学歴は極端に悪くもなければ、良くもありません。

只、今思う事は何かに一途に打ちこんで生きている人が、限りなく眩しいように感じています。だから、もし学歴なんかよりも何か本当にやりたい事があったなら、それを優先して生きていくことが本当の成功者なのではないかと思ったりもしています。

それがもし、勉強をつづけなければ見つけられないものであれば、学問を追い求める先にあるのであれば、それはそれで追い求めればいいのです。

それは学歴という小手先のものではなく、本物の学問というものだからです。

学歴は学歴以上のものでも、それ以下のものでもない。

人生も後半まで生きてくると、実に色々な人に会います。子供の頃からずうっと一緒だった人は、少なくなりました。

小学校の頃に親しかった友人は、今ではもう途絶えてしまっています。

あの人達はどの程度までの学校を卒業したのか知りません。中学校から高校まで仲が良かった友人の一人は、専門学校へ行きそれを職業にしました。

その人は職人と結婚し、子供は一級建築士になり今では家を何件か持っていると聞きます。

その友人とは年賀状のやり取りくらいです。短大の友達で特に親しかった友人は、一流企業に就職しそこで社内結婚をしました。もう一人は実家に帰り、そのうちに結婚をしました。

その人は今、特別養護老人ホームにいます。若年認知症になってしまったからです。今では私の事は分からないでしょう。

老人ホームに行くと、有名な大学を出た人とか官僚だった人とかがたくさんいます。かと思えば、中学しか出なくても生き生きとボランティアしている人もいます。

今親しい友人は、某有名大学を出ている人も何人かいるし、そうでない人もいます。有名大学を出て社長業をしていたにもかかわらず、失業している人もいます。親戚には某大学院を出たのですが、今は借金取りに追われている人もいます。そんなものです。

奨学金を借りたとして、それを何年にもわたって返していく人が今たくさんいます。それがもし、本当にその勉強をしたくて借りたとしたら、それを返していくのはそれ程苦ではないと思います。

ところがただ学歴が欲しいという理由だとしたら、どうでしょうか。学歴が必ずバラ色の未来を保証してくれるものではありません。

なので、就職とか職業が上手くいかなかった場合、奨学金の返済は二重苦になるのです。そうならないためには、学歴というものはそれだけのものでしかないという事を知っておかなければなりません。

学歴というものは学歴というもの以上でもなく、それ以下のものでもないということです。それ以下の物でもないというのは、それなりに役には立つからです。

特に人生の初期の段階で、就職での書類審査に通るとか、第一印象が良くなるとか、女性にアピールできるとかです。

でもそれがもう少し進んで、就職した後仕事で結果を出すのは学歴ではなく、実力です。第一印象ではなく、その人が本来持っている人格であり素質です。

女性にもてるのは学歴では決してありません。学歴であったためしがありません。その男性の魅力です。

そういうことを総合的に考えてみると、人生を幸せにするのはたくさんあり、その人の人生も数限りなくあり、学歴というものは確かに良い物ではありますが、たくさんある良い物のごく一部に過ぎないということです。

だから学歴があることに奢ってはいけないのです。また必要以上に委縮したり卑屈になってはいけません。

そういうことにとらわれ過ぎずに、自分の人生をしっかりと見つめて、自分が本当に何をしたいのか、この人生でどう生きたいのかをまず考える事が第一です。

そうして、そのために学歴が必要であれば堂々と求めればいいし、必要がなければあっさりと通り過ぎればいいのです。

学歴は無いよりはあった方が良い。

特に人生の初期の段階では、学歴は無いよりはあった方が便利だと、今人生を振り返ってそう感じています。

ごくまれに美空ひばりやマイケル・ジャクソンのように(古くてごめんなさい)子供の頃から天才のように歌が上手いとか、あるいは容姿端麗で超美人とか超ハンサムとか、歌舞伎役者の家系に生まれたとか、何でもいいのですが、

そういう飛びぬけて何かを持って生まれた人なら別ですが、もう大半の人はどんぐりの背比べのような普通の人として生まれてくるわけです。

そんな中で、まず身に着ける事ができる便利なツールは、日本の場合は勉強が出来る事なんです。

スポーツが出来る事もそうですし、絵が上手いとかでもいいのですが、その場合将来それが生きていく上で糧となる率が少ないんですね。

日本の場合、昔から資源が乏しくて「人材が資源」と言われてきました。現代でもそうです。

それでこの世界にもまれながら豊かな日本社会が実現されたのですね。だから昔から、親は子供にしっかりと学問を身につけさせてきたのです。勉強ができれば生きて行くのに優位だったからです。

今の韓国を見ると、もっとすごいような気がします。試験に遅刻しそうな受験生をパトカーで送っていくなんて事が起きています。中国でも点滴を受けながら勉強をしているそうです。

でも、そうして身に着けた知識が本当に信頼できるものだとは誰も思っていません。

だからと言って、そうでないとも言えないのです。友達を選ぶのは、その人の様々な側面のうち精神的な所が多いのではないでしょうか。

気が合うとか、趣味が一緒だとかです。しかし、仕事で使える人かどうかを選ぶ場合、学歴というのは分かりやすい、つまりそれ程外れることがないツールなのです。

たとえば高校卒という基準で見てみましょう。実はそこで求めているのは、知識があるとか頭が良いとかではありません。

少なくとも高校をちゃんと出たという事は、一応この日本の高校生が守るべき最低基準のルールを守る事ができるのだなと分かります。

さらに3年間、登校拒否もせずに他の仲間とも大きなトラブルもなく、我慢できたのだなとなるわけです。

それならば会社でも、なんとか我慢して他の社員と折り合いをつけながら仕事をしてくれるんじゃないだろうかと雇う側は考えるわけです。

知識とか技術とか、そういうものは実は後から何とでもなるのです。学歴という外側の評価に求めるものは、日本の場合そういうとこなのだろうと思います。

それともう一つは、学閥という考えです。つまり自分の仲間意識を高めるのに、学歴というのはとてもいいツールなのです。

同じ大学を出たグループが、ある組織で勢力を持つというのはよく聞きますが、そうして勢力をつけて行くのはどの組織でも同じです。

学歴を持っている人は、学歴の価値が高くなると自分に有利ですからね。お金がある人は、もちろんお金に価値を置きます。

家柄がある人は家柄に価値を置きます。学歴とは、つまりそういうものです。なので、無いよりはあった方が便利ではあります。ただ、それ以上のものではありません。

 


僕も本当に同じ考えですね。

「学歴は必要であるなら求めればいい」

人生の中にはやりたい事が変わるなんてのは、いくらでもあるものです。

その過程の中で必要ならば学歴を取得すれば良いし、なければ低学歴でもなんでも問題がないですよね。

まぁ、若い頃にとくに目標がないのなら、無難に学歴を取得しとくと後々楽な場合もあると思います。

この基準を寄稿して頂いた方は僕よりも上の世代ですが、「いつの時代も学歴に対する悩みや思いを持った人がいるんだな」と強く感じました。

こうやって色々な人の意見を聴けるのが、この寄稿募集の魅力なんです。大変勉強になりました!

募集は随時しておりますので、ぜひあなたの声もお聞かせくださいね。

おわり。