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[寄稿]学歴について考えるところと私の経験

こんにちはyota(@yota_28351)です!

今回は当ブログに最終学歴「大学院修了」で高学歴のKさんが寄稿してくれました。

学歴があってもなくても「悩みどころ」はあるんだなと考えさせられる内容になっています!

ぜひ、読んで見て下さいね!

Kさんの学歴経験

学歴について私は基本的には「持っていても邪魔にならないもの」という考え方をしています。

職人の世界など学歴不問の業界があることは承知の上ですが、一方では学歴が必要条件になっている業種や資格もあります。

少し、私自身の話しをします。

私が目指した職は、院卒後に資格を取得すること(見込みも可でしたが)が求人要件でした。

学歴についてあまり考えることはなく、専門職に就くことを目的に大学院へ進学をした一人です。

最終的な目的の達成のために学歴が必要だったという立場から、学歴や学歴の世代間連鎖について考えるところを書き連ねてみます。

「高学歴」に対する世間一般のイメージは、「頭がいい」、「優秀」、「勉強好き(勉強熱心)」と言ったところでしょうか。

確かに大学入試、大学院入試と入試を突破し、入学後も試験やレポートをクリアし単位を取得しています。

入試や試験(レポート含む)を突破するためには学力も必要なのは事実です。

しかし、一方で私自身はこういう体験もしています。

大学院に在籍中、ご近所の方や親戚に会うたびに、「もうお仕事されてるの?」と聞かれ「いえ、大学院に…」と答えることの気まずさ、追い打ちをかけるように「あらー、勉強好きなのねぇ」と言われる心苦しさを味わいました。

当時の私の身分は「学生」であり稼ぎはなし(専攻したコースが多忙のためアルバイトをする余裕がなかった)、奨学金を利用し食費を切り詰め専門書を買う自分の姿と、高卒後に地元に就職、結婚し家庭を持っている同級生の姿の差に肩身の狭さを感じることもありました。

贅沢な悩みと思われるかもしれませんが、中学生や高校生の頃にはまったく想像できなかったことであり大学院生になり初めて体験したことでした。

高学歴は頭がいい、頭がいい人はそれだけで一目置かれるというわけではなく、社会的な価値観が学歴だけではないことを身をもって実感した瞬間でもありました。

郡部では、大学院に進学し年齢を重ねるよりも適齢期に結婚し家庭を築くことに価値があると見なされる風潮が多少なりとも残っています。

親からの「早く結婚しなさい」や「孫の顔が見たい」の背景には、このような価値も多少はあるのでしょう。

私が生まれ育った郡部では、結婚適齢期の娘が独身でいることに親も肩身の狭さを感じるのかもしれません。

女性の年齢をクリスマスケーキになぞらえた言い方(24歳までに結婚しなければ売れ残りという、アレ)は、短大を出て4、5年の社会経験を経て結婚するというモデルが一般的だった頃のことであり、4年制大学に進学する女性が増えた現代にはそぐわない考えだと思っています。

まして大学院(ここでは修士課程・博士前期課程)を出れば、浪人や留年をしていなくてもその時点で24歳です。時代と価値観のギャップというのもやはり大学院卒になったことで、よりひしひしと感じるようになったことの一つでした。

余談ですが、平成29年度の女性の大学院進学率は約6%(内閣府の資料より)です。大都市圏では大学院を出ている女性は珍しい存在でもないと思われますが、地方都市や郡部ではまだまだ物珍しい存在を行きを出ていません。

今回は高学歴ならではの体験を伝えてくれました。

Kさんは「自身の経験が誰かの役に立つのであれば」との理由で当ブログに寄稿を希望してくれたんですよね。

当ブログの読者さんの参考になったら僕も嬉しく思います。

Kさんの経験を聞いた後に、思ったんですが「高学歴」でも「低学歴」でも何らかの悩みがあって、「高学歴だから良い」「低学歴だから良くない」というのは個人の価値観で全く違ってくるんだなと。

学歴は性別によってまた何か変わってくる部分もあるのかもしれませんね。

当ブログでは引き続き寄稿を募集していますので、興味のある方はぜひ!!