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[寄稿]高学歴の子どもと低学歴の親

こんにちはyotaです!

前回、学歴について考えるところと私の経験を寄稿してくれたKさんが再度、寄稿してくれました。

今回の内容は、ぜひ子育て中の方に読んでもらいたいですね!

Kさんの体験談

前回、私自身の学歴に対する考えと体験を少々書き連ねましたが、ここからは私の育った家庭や親の教育方針についての話しになります。

世間では、親(高学歴)-子(高学歴)、親(低学歴)-子(低学歴)というように親の学歴と子どもの学歴が同等の家庭が多いと言われています。

しかし、私の家庭はこのいずれのパターンでもありませんでした。

私の父親は高卒、母親は短大卒です。

一方で子どもは大卒や大学院卒です。

このブログの管理者であるYotaさんは低学歴を中卒、高卒と定義しているので、この定義に従うと私の家庭は父親のみが低学歴になります。

親の学歴よりも子の学歴の方が上である家庭ということを念頭に話をすすめたいので、ひとまず短大卒を高学歴とみなすか否かの議論はここでは控えます。

なぜ親子の学歴差が生じたかをお話しする前に①、②はいずれも進学のメリットを伝えています。

まだ将来の進路について特に何も考えていない中学生や高校生が将来像をイメージしやすいのはどちらの言葉でしょうか?

①「いい高校に入って、いい大学に進学して、いい会社に入るのが…云々」
②「大学はこういうところでね…云々。大学でとれる資格もあるし、高校で頑張って大学に行ってみたら?」

実は、この将来像をイメージさせる言葉が私やきょうだいが大学や大学院に進学した背景にあります。

母親は、短大ではあるものの大学生活を体験していたため、リアリティのあるキャンパスライフを子どもに語って聞かせることができました。

このリアリティのあるキャンパスライフが進学意欲にかかわっていたと私は思っています。

「いい高校に入って、いい大学に進学して、いい会社に…」と言われたところで進学後の生活や将来の生活をイメージできるでしょうか。

「いい高校って?いい大学って?そこで何をするの?」とか、「いい会社ってなに?」という疑問ばかりではないでしょうか。

個人の経験であったとしても「大学はこういうところでね…云々。アルバイトで溜めたお金で友達と旅行に行って…云々、だから高校で頑張って大学に行ってみたら?」とか「○○になりたいなら、大学で□□を学んだらいいんじゃない?××って資格を取って…云々」、「大学って高校とは違って、専攻といって学びたいことを学べるから…云々。」という方が大学がどんなところなのか、大学生活が高校生活とはどう違うのかなど具体的なイメージを抱くことができるように思いませんか。

子の進学を強く望んだのは父親ですが、それはあくまでも大学に行けなかった悔しさと大学生活への憧れでしかありません。

父親は大学生活なるものを知りませんが、自身が高校生当時は大学への進学を希望していました。

しかし、諸般の事情から進学を断念したため子どもが進学を希望するなら応援するという意向でした。

一方で母親は、進学を強要するのではなく、大学や大学生活の楽しい思い出を子に語って聞かせただけでした。これは、うるさく「勉強しなさい」と言うのではなく、勉強した結果どんな将来が待っているかを語って聞かせることで進学意欲の動機づけをしたことになります。

高学歴の親の子どもが高学歴になる背景の一つに具体的な進路をイメージさせられるような、リアリティのある体験談を有し子どもに語って聞かせることができることがあると思います。

経済的な事情やその他の要素もありますが、そちらはまた次に。

少し余談になりますが、心理学では外発的動機付けよりも内発的動機付けの方が動機が維持されるといわれています。

たとえば、落書きを繰り返す人は「落書きが楽しい」、「落書きをみてびっくりしている人を見たい」など内発的な動機によって「落書き」行動をおこします。

もし、この落書きをする人に「落書きをしたらお金あげること」を少しの間続けてみます。

そして、ある日「もうお金が無くなったから落書きをしてもお金をあげられない」と伝えると途端に落書きをしなくなったという話があります。

これは、落書きをする目的が「楽しい」という内発的動機から「お金も貰う」という外発的動機に移行し、外発的動機が得られなくなったことによって「落書き」行動が生じなくなったという話です。

これを私の家庭のことに置き換えると、「勉強するとこういういいことがあるよ~」、「楽しい将来が待ってるよ~」と母親が話して聞かせたことで、子どもは「勉強したら大学に行ける!大学では楽しいことが待ってるんだ!」と内発的動機づけされたことになります。

私の家庭では、成績が上がったらお小遣いがもらえたり、ほしいものを買ってもらえたりというご褒美はありませんでした。

そのかわり、必要なものはいつでもだいたい買ってもらえましたし、お小遣いも必要なくらいはもらっていたことを含め、母親が行っていたことは、学術的な論拠のある方法だったと言えます。

今回のKさんの母親のように「実体験をリアルに教える」っていうのは僕も共感できる部分があります。

僕の場合は自分と同じような道を歩まないように反面教師として「中卒での社会生活」を伝えたりしてますし。

やはり親は「勉強しなさい」などの強要をするのではなく、自身の経験をリアルに伝えることで、子供の選択肢を増やすキッカケになるのが良いのかもしれませんね。

当ブログでは引き続き寄稿を募集しているので興味のある方はぜひ!